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2004インド・チェンナイ/Chennai, India

2004年08月29日

(1)結構急な出発 /Sudden trip
4年ぶりにインドに行くことになった。今回は以前3回のインド旅行と異なり、業務出張。1週間前に行くことが正式に決まったものの、商用ビザが取得できるかどうかや往復の座席が確保できるかどうか不安があったが、ビザは当日発給、座席も何とか押さえることができた。
個人的には先週末、富士山頂登っていたので今週はインド行き。結構慌しい。
出発は日曜日。朝早く家を出るため、前日から眠らず。空港には9時前に到着した。両替・買い物を済ませ、コーヒー飲んで休憩しているうちに出発時刻kが迫ってきて、ゲートに向かった。

2004年08月29日

(2)NRT-SIN機内 / In the cabin
当日のSQ便は満席。しかし後部席を何とか確保。食事後はひたすら寝る。パーソナルオーディオには魅力の映画もあったが、とにかく寝たかった。
当日は沖縄方面に台風が接近中で、機体は揺れ揺れ。

2004年08月29日

(3)シンガポール・チャンギ到着 / Changi Airport, Singapore
やや遅れて到着。今回到着時の横揺れは今まで経験したことが無い。思わず隣の人と顔をあわせて、お互い苦笑い。乗換えまで3時間あるので、ネットコーナーで暇つぶし。ちょうどオリンピックも終盤を迎えて、待合コーナーにあるテレビはオリンピック中継を放映中。チャンギ空港内でもオリンピックになぞらえた、ゲームコーナーが開設、旅行客が参加して結構盛り上がっていた。

2004年08月29日

(4)チェンナイへ / Go to Chennai.
チェンナイ搭乗の時刻の1時間ほど前に搭乗ゲート待合室に入った。インド人が多いので、自然とインドに行く実感が湧いてきた。しかし到着は日本時間の夜1時過ぎ。前日から十分寝ていないので疲れたきた。

2004年08月30日

(5)仕事 通勤
今回のインド訪問はあくまでも業務出張。月曜日から金曜日の5日間は、今回の訪問先のオフィスに通った。ホテルの近くでオートリクシャーを拾い、値段交渉。そしてオフィスの場所を伝えて、いざ移動。毎朝だいたい9時ごろ移動していたが、主要道路Anna Salaiを通るため、渋滞が激しい。それと運転マナーが日本のマナーと異なり、割り込みとか急な路線変更は当たり前。どこか自己中心的にも思える。運転席の後ろに座っていても、ただ数回恐ろしい思いをしたことがある。バイクもたくさん走っており、2人乗りは当たり前、子供を含めた3人もよく見かけた。

2004年08月30日

(6)通勤 退社
オフィスに行って現地のメンバーと今回の一緒に仕事をする。当然1日中、英語を使うことになるが、これが結構疲れる。うまく説明できたときは良いが、中々通じなくて「言っていること分からない」と言われると落ち込む。メインとなる人は日本にも数回出張で来たことあり、普段メール等でやりとりしているので、私の英語力を分かっており、時々助けてくれた。インド訛り+早口の英語は中々聞き取るのが大変だ。
インドの会社のオフィスを見たのは初めてだが、色々と興味深いものがあった。ハウスキーパー係の男性が普段はカフェテリアでコーヒーやスナックを提供しているが、各座席に飲料水やコーヒーの注文を聞きにきてくれる。一般の旅行では見られない部分が見れたことは、貴重な経験となった。
帰りも会社の前からオートリキシャーを拾って、ホテルへ戻った。退社は大体18時から19時ぐらいだったが、これでも東京は既に夜10時ごろ。普段日本からやり取りするときは気にならなかったが、こちらに来て時差を実感した。

2004年08月30日

(7)夕食
ホテルに一旦戻ったあと、ホテルの近くを散策して食べる場所を探した。ホテルの中でルームサービス頼んでも良かったのだが、何か勿体無くて、外食。いつもの個人旅行なら食べることは気にしないが、腹痛など起こして仕事に影響が出たりしないように今回は食べるものを気を遣った。主にファストフード風のレストランで食べた。こちらの主食はミールズと呼ばれるバナナの葉の上に白米を置いて、小さな小皿にカレーヨーグルト類が置かれている。最初の日は自分はナンを食べたいと思って写真のセットを食べてみた。南インドではあまりナンは主食ではないようだ。あまり辛くしないでと店員に念を押したが、これはあまり辛くなかった。

2004年09月03日

(8)5日間滞在して / After 5-day stay
5日目の最終日を迎えた。朝から胃の調子がおかしく、軽い胃炎のようだ。オフィスに向かって仕事開始したが、集中できず。昼時に一旦ホテルに戻った。1時間ほど休憩した後、再びオフィスに戻った。取引先を見学する機会を用意してくれていたので、取引先のベンダーに向かった。当初は簡単に案内してもらう予定が、応接室に入ると取引先の方が8名ほども迎えてくれた。こっちは恐縮しきり。。私も英語で応対したものの、果たして何%理解してもらえたかどうか。先方のリーダー格の方は日本に短期勤務したことがあり、日本の習慣とか良く知っていた。再びオフィスに戻り、残り作業を済ませて、というか少し残ったけど。最後に挨拶して分かれた。当地の社員英語が喋れて、グローバルな仕事をしていると痛感。

2004年09月04日

(9)ポンディチェリーその1 / Pondicherry #1

今回は週末をこちらで過ごすことにした。土曜日はとりあえず郊外へ行くことにしたが、当地の社員たちにポンディチェリーを勧められた。「路線バスで行ってみる」と言うと彼らは少しビックリしていたが。バスターミナルに行こうとしたが、リキシャーの運転手が案外知らない。通りがかりの人に通訳してもらって、何とか理解してもらった。ターミナルに着くと大きさと新しさに驚く。
プラットホームにはたくさんの客がバスの出発を待っている。ところどころに売店があり、水とお菓子を調達しておいた。ポンディチェリー行きのバス(ECR)の乗り場を見つけて乗る。最後列の席に座ったが、これが後でひょんな縁となる。

2004年09月04日

(10) ポンディチェリーその2 / Pondicherry #2

チェンナイのバスステーションを出発して、数箇所停車していくと車内はほぼ満席になった。ポンディまでは約3時間の道のり。ルートは2通り有りらしい、海岸沿いを走るECR(East Coast Road)と、内陸の高速道路。仕事先の人たちによるとECRのほうが車窓からの眺めが良いと薦めていた。バス停らしきものは無いが、ちょっとした街が現れると大体停まる。写真のようにのんびりとした郊外の村のバス停にはラジーニカントの似顔絵があった。

2004年09月04日

(11)ポンディチェリーその3 / Pondicherry #3
10時半ごろ、ポンディチェリーのバスターミナルに到着した。思っていたより、大きな街だった。朝食は何も食べていなかったので、近くのホテルの1階にある、食堂でミールズを食べた。店員は珍しそうに私を見るが、ご飯のお代わりはどう?とか色々気にかけてくれる。最後には本音が漏れてきたが。「日本で働くにはどうしたらいいか?」
食べた後、オートリキシャーで観光の中心である、海岸付近に移動した。

2004年09月04日

(12)ポンディチェリーその4 / Pondicherry #4

ポンディチェリーに行くことを薦められるまでは、正直その地名さえ知らなかった。行ってみて分かったのは、インド建国までフランス領であったこと。多くの外国がチェンナイに領事館を構えているが、今もフランス領事館はポンディチェリーにある。フランス領であったせいか、中心の公園付近などは奇麗に整理されていた。海岸付近にはフランスの戦争記念碑が奇麗な歌壇に囲まれて立っていた。
また通りを表す案内にはフランス語表記もある。どこかインドらしくない町並みだが、ちょっと離れるとインドらしい混沌とした雰囲気も見られる。

2004年09月04日

(13)ポンディチェリーその5 / Pondicherry #5
ポンディチェリーから車で20分ぐらい離れたところにオーロヴィル(Aurovile)という共同生活体がある。理想都市として建設されたこの村には、世界各国からの人が一緒に生活しているという。まずホールでの展示を見る。歴史、活動内容。広大な敷地の真ん中に奇麗な歌壇があるらしいが、時間が無く残念ながら割愛。再びポンディチェリーの中心部まで戻った。

2004年09月04日

(14)マーハバリプラム その1/Mahabalipuram #1

チェンナイ行きのバスに乗って約1時間半、マーハバリプラムに到着した。ここは以前にも来たことが有ったが、再度見てみたくなって下車した。すぐに海岸に向かったが既に17時を過ぎていて、海岸寺院の入場券発売は終了となっていた。仕方なく、砂浜へ行って外から寺院を見た。7世紀に作られた歴史ある寺院は、風に打たれながら今も残っている。世界遺産となっているので当然外国人観光客も多い。
砂浜ではインド人観光客らが海に入って大はしゃぎ、みんな楽しいそう!

2004年09月04日

(15)マーハバリプラム その2/Mahabalipuram #2
日が落ちて当たりは暗くなってきた。クリシュナのバターボールも近くで見たかったが既に閉門となっていた。
チェンナイに行くバスを持っていると、タクシーやリキシャーの運転手が言葉巧みに誘ってきた。チェンナイまで500Rs!と言ってくるが、とりあえずバスで帰ろうと思いバスを待つが中々来ない。バスの行き先表示がタミル語だけなので分かりにくい。ポンディチェリーからバスに乗ってきたときの下車付近に移動して、そこでバスを待つことにした。すると一人の男の人から声を掛けられた。その人は今朝のチェンナイからの同じバスに乗っていて、途中で降りたとこと。私が座っていた位置も覚えていた。元々チェンナイで働いていたが、今はマーハバリプラムで商売をしているらしい。チャイを一杯ご馳走してくれて、バスの時刻など教えてくれた。バスがようやく来て、別れを惜しむと「今度来たときは案内するよ」と言われた。機会があれば是非再度行って見たい。

2004年09月05日

(16)チェンナイ市内 その1/ City of Chennai #1

まずは州立博物館に行ってみた。入場料は外国人料金はちょっと高い(一般料金は安い)。入場券を買おうとしたが、停電でPCが動かず発券できないので待たされた。ようやく入場券を買って中に入った。日本の博物館と大きく違う点は、展示物が触り放題!と言う点。建物内部はやや暗く古めいているが、展示物が珍しくて飽きない。館とフロア毎にテーマが分かれており、古代出土品、魚、昆虫、植物等等。隣には立派な建物の美術館もある。
さらに同じ敷地内にある図書館にも入ってみた。中では学生らが一所懸命に勉強する姿が見られた。

2004年11月03日

(17)チェンナイ市内 その2 / City of Chennai #2
要塞博物館。17世紀にイギリスがここを基点に活動したとき、城塞をこしらえたらしい。中に入ると当時の武器などの展示がある。一番興味を引いたのが、歴代の国王・王女らの肖像画の展示室。3メートル近くある大きな画版に絵が描かれた王室の絵は当時の宗主国の力を見せ付ける。

2004年09月05日

(18)チェンナイ市内 その3 / City of Chennai #3
市内南部にあるサン・トメ聖堂に行ってみた。マドラスでのキリスト教の布教の中心で、19世紀ごろ立て直された。外観の華麗さを期待したが、現在改築中。足場に囲まれた姿は少し残念。

2004年09月05日

(19)チェンナイ市内 その4 / City of Chennai #4
雨が降りだした中、オートリキシャーに乗って30分ぐらい郊外に向かった。今回見たかった、南インドのハリウッド、MGMフィルムシティ。タミル映画の撮影などが行なわれている。行ってみると門が閉められていた。日曜日は閉まっているようだ(当面)。帰りもリキシャーで帰るが思わぬ出費になってしまった。
フィルムシティは見れなかったが、代わりに市内でDVDとVCDを購入して日本に持って帰った。

2004年09月05日

(20)チェンナイ市内 その5 / City of Chennai #5


カパーレシュワラ寺院。着いた時間ちょうとの16時から礼拝が始まるらしい。人々は列を成して入場を待っていた。私は入り口で花のセットを買わされて、それをどうしていいか分からないでいると寺院の人が寺院の内部まで入れてくれて、代わりに拝んでくれた(本当は教徒以外は入れません〜)。寺院の敷地内では夜にバイオリンコンサートがあるらしく、イスが多数用意されて、さっきの男性がしきりに聞いていけと勧めていた。寺院には家族連れがたくさん来ており、小さな子供も真剣にお祈りしている。
門の外には露店がたくさんならび、観光客向けではない地元の人たちのためのなので、生活の匂いが感じ取れれる。

2004年09月05日

(21)チェンナイ市内 その6 / City of Chennai #6

最後は夕暮れのマリーナビーチ。日曜日の夕方ということも有り、人出も多い。それに会わせて露店がたくさん立ち並び、物売りも頻繁に声を掛けてきた。
家族やグループで砂浜に座っておしゃべりに興じる人や、海に入って遊ぶ人。ここに来るとインドの人の休日の過ごし方の一面が見れて楽しい。
露店の中には人力で回す乗り物も有る。でも乗っている子供は楽しいそう。

2004年09月06日

(22)旅の終わり/End of travel
市内を回った後、市内最大のショッピングモール、スペンサープラザで買い物。その後、荷物を取りにホテルに戻って、空港に行った。
出国のセキュリティーチェックで、係員から「今度戻ってくるんだ?」と聞かれたので「今年中にもう1回」と答えると、係員は笑って「oh、my friend!」と言って握手を求めてきた。
シンガポールには早朝到着。約3時間の待ち時間で東京行きのフライトに乗った。帰りは殆ど寝ていた。夕方17時には成田に到着。
九十九里付近(?)上空からからの眺め。



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